1967年にプロ入りし、1977年には日本人として初めて全米女子プロゴルフ選手権を制した樋口久子さん。女子ゴルフの道を切り開いてきた存在ですが、樋口久子さんの子供は何人なのか、現在は何歳なのかが気になる方も多いはずです。プロフィールと年齢から、子供の話題、経歴まで紹介します。
樋口久子のプロフィール
樋口久子さんは、日本の女子ゴルフを黎明期からけん引してきたプロゴルファーです。日本女子プロゴルフ協会の1期生として国内外で勝利を重ね、協会の運営にも長く関わってきました。
- 名前:樋口久子
- 職業:プロゴルファー
- プロ入り:1967年(第1回プロテスト合格)
- 通算優勝:72回(国内69勝・海外3勝)
- 賞金女王:11回
- 主な実績:1977年 全米女子プロゴルフ選手権優勝(日本人初)
現在の年齢は何歳?
樋口久子さんが生まれたのは1945年10月13日です。そこから数えると、2026年9月の時点では満80歳になります。プロ入りから半世紀以上が過ぎ、80代になった今も名前が語られ続けているのはすごいことですよね。
樋口久子の子供は何人?
樋口久子さんの子供は何人なのか、気になって調べる方は意外と多いようです。公表されている情報の中で語られているのは、1988年に生まれた長女についてのエピソードです。ただ、樋口久子さんに子供が何人いるのかを明示した発表は、今のところ確認できていません。
1988年に長女を出産
サンケイスポーツの2015年の記事によると、樋口久子さんは1985年に大塚克史さんと再婚しました。日本経済新聞の連載「私の履歴書」では、1988年2月29日に東京の山王病院で長女を出産したと語られています。このとき42歳で、現役のトップ選手としてツアーを戦っている最中での出産でした。その後は2年足らずの産休でツアーへ復帰します。
ツアー生活と娘さんとの時間
現役のころは1年のうち9カ月をツアーで過ごす日々で、家を空ける時間はどうしても長くなりました。ご本人は2015年のサンケイスポーツの取材で、娘さんから「最大の失敗は、子育てでしょ」と言われたと振り返っています。小学5〜6年生のころにゴルフへ誘っても断られ、会長就任後に一緒に過ごしたいと伝えたときには「今さら遅い」と返されたとも語っています。
娘さんとゴルフの距離
その娘さんが自分からクラブを握るようになったのは、20歳を過ぎてからのことでした。2015年の時点では、樋口久子さんと一緒にコースを回っていたといいます。ただし練習はあまり好きではないゴルファーで、地道な反復を重ねて結果を出してきたご本人とは正反対のタイプだそうです。反発しながらも同じスポーツを選んだところに、親子ならではの結びつきが感じられますね。
樋口久子の経歴
樋口久子さんの歩みは、1967年のプロ入りから2026年3月の顧問退任まで、半世紀以上の長さになります。国内のツアーで勝ち星を重ねた時期も、海外のメジャーに挑んだ時期もあり、その足取りは日本の女子プロゴルフの歴史そのものと重なっています。まずはプロテストに合格したところから順番に追いかけていきましょう。
1967年にプロ入り
すべての出発点は1967年です。この年に開かれた第1回のプロテストにトップ合格し、日本女子プロゴルフ協会の1期生としてプロの世界へ入りました。プロ入りの翌年、1968年には初勝利を挙げたとされています。
また、1976年のコルゲート欧州女子オープンでは、日本選手として初めて米女子ツアーの大会を制しました。海外遠征と国内ツアーを並行させる生活は決して楽ではなかったはずで、その負担ごと引き受けて世界へ出ていった姿勢には驚かされます。
海外の大会に挑んだ日本人選手という点では、渋野日向子選手の歩みもあわせてご覧ください。
日本人初のメジャー制覇
選手としての代表的な実績が、1977年の全米女子プロゴルフ選手権での優勝です。日本人として初めてメジャーの舞台で頂点に立ち、この一勝が日本の女子ゴルフにとって大きな節目になりました。在日米国大使館の公式アカウントでも、樋口久子さんの投稿が見られます。
出典元:在日米国大使館
通算72勝と賞金女王11回
ツアー通算優勝は72回で、内訳は国内69勝と海外3勝です。賞金女王には11回輝いており、この数字は長い期間にわたって女子ツアーの中心にいたようです。ただし通算優勝の記録は、日本女子プロゴルフ協会の公式サイトに2026年3月24日に掲載された時点のもので、現在の情報とは限りません。最新の記録を知りたい方は、同協会の公式サイトで確認してみてください。
44歳での最年長優勝
サンケイスポーツの記事によると、1990年8月に開かれた「anクイーンズ」では、石川県の白山カントリー倶楽部で5打差を逆転して優勝しました。出産と産休を経て40代半ばで掴んだ一勝ですから、その粘り強さには驚かされますよね。復帰から27試合目、3年4カ月ぶりの勝利で、当時44歳9カ月は国内女子の最年長優勝記録の更新だったとされています。
協会運営と殿堂入り
1997年には日本女子プロゴルフ協会の会長に就任し、14年間にわたって協会の運営に携わりました。プレーヤーとして試合に出る側から、女子ゴルフの環境そのものを整える側へと役割が移っていった時期にあたります。会長を退いたあとも役職を変えながら協会に関わり続けました。
会長から顧問退任まで
会長を退いた後も、協会との関わりは続きました。日本女子プロゴルフ協会の公式サイトの発表によると、2011年に相談役、2018年に顧問へ就任し、2026年3月24日付で協会規定に基づいて顧問を退任しています。退任のセレモニーでは花束が贈られ、「私一人の力ではなく、皆さまのお力添えによって協会が発展してきたことを、大変うれしく思っております」とコメントを残しました。現在の会長は小林浩美さんが務めています。
2つの殿堂と受章歴
樋口久子さんは、2003年に世界ゴルフ殿堂入りを果たしています。2007年の紫綬褒章、2014年の文化功労者としての顕彰、国内では日本プロゴルフ殿堂の2013年度顕彰者に名を連ねています。
まとめ
樋口久子さんの子供が何人かという疑問については、1988年に生まれた長女の話が語られているところまでが確認できる内容でした。2026年9月時点では80歳で、通算72回の優勝や日本人初のメジャー制覇、協会の運営と、歩みは多岐にわたります。これを機に日本の女子ゴルフの歴史もたどってみてくださいね。









